大判例

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東京地方裁判所 昭和39年(特わ)303号 判決

被告人 山口紘一 外二名

主文

被告人らを、いずれも各罰金二〇、〇〇〇円に処する。

被告人らにおいて、右罰金を完納することができないときは、いずれも金五〇〇円を一日に換算した期間、当該被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は、全部被告人らの連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人山口紘一は、肩書本籍地で生まれ、その後上京して、当時法政大学に在学中であつたもの、被告人谷翰一は、私立ザベリオ学園卒業後、福島県立会津高等学校を経て、昭和三八年四月、横浜国立大学経済学部に入学し、当時同学部第二学年に在学中であつたもの、被告人石田寿一は、肩書本籍地の西桂町立中学校を卒業後、東京教育大学附属駒場高等学校を経て、昭和三七年四月、東京大学教養学部に入学し、その後同大学法学部に進学して、当時その第三学年に在学中であつたものであるが、昭和三九年六月三日夜半から翌四日早朝にかけて、大韓民国(以下韓国と略称)において、労働者、学生などを中心とする大規模な反政府運動を鎮圧するため、韓国政府が非常戒厳令を公布、施行した事実がラジオ、テレビ、新聞などで報道されるや、韓国学生に対する大弾圧反対、日韓会談反対等をスローガンとして在日韓国代表部および外務省へ抗議する目的で、同月四日午後一時三〇分ごろ以降東京都千代田区富士見町三丁目一番地法政大学校庭に参集した全日本学生自治会総連合傘下の学生約二七〇名が、東京都公安委員会に対する所定の許可申請の手続をせず、したがつてその許可を受けないで、同日午後四時二八分ごろから同四時三七分ごろまでの間、右法政大学から国電市ヶ谷駅に至る道路上を駈足行進した後、同日午後五時三二分ごろ、同都港区麻布一〇番三丁目一四番地先都電二の橋停留所から、二の橋交叉点を右折して韓国代表部へ向かう通称仙台坂通りを約一三〇メートル駈足による蛇行進を行いつつ進行し、これを阻止しようとした警視庁機動隊警官隊と、前後二回にわたり、もみ合つたあげく、うち約二〇〇名の学生が、同日午後五時四一分ごろから同六時一〇分ごろまで、同区麻布一〇番三丁目一〇番地の一一先武内歯科医院前付近路上において、坐り込みを行うなどしたが、まもなく、前記機動警官隊によつて排除されるや、同日午後六時一四分ごろから同六時三〇分ごろまでの間、前記都電二の橋停留所から、二の橋交叉点、同区赤羽町二番地東京地方貯金局前、同町一番地三田警察署前、同区三田同朋町一八番地三井銀行三田支店角、三田図書館前、同区芝田町二丁目六番地森永製菓株式会社前を経て、国電田町駅に至るまでの間、途中、前記二の橋停留所から東京地方貯金局前まで、三田警察署前から三田図書館前まで、および森永製菓株式会社前から国電田町駅前までの各路上において駈足行進を行い、又は右田町駅前路上で蛇行進を行うなどし、その後、同日午後七時二九分ごろ、前記集団の一部の学生約一二〇名が、隊列を組み駈足で、同都千代田区霞ヶ関一丁目一番地地下鉄霞ヶ関駅最高裁判所寄り出口付近から、霞ヶ関交叉点を経て、外務省方向へ向かおうとしたが、中途、警視庁機動警官隊に阻止されたため、同日午後七時三〇分ごろから同七時四〇分ごろまでの間、うち約一〇〇名の学生が、同区霞ヶ関二丁目一番地農林省角歩道上に坐り込みを行うなどし、無許可の集団示威運動を行つた際、(一)前記都電二の橋停留所から武内歯科医院前に至る道路上において、いずれも右集団示威運動に参加した学生である高橋茂夫および見崎信義らと共謀のうえ、被告人山口において、右二の橋停留所からの隊列の発進に際し、先頭列外に位置して隊列を誘導し、右隊列が、前記二の橋交叉点を右折して先頭隊列に長さ約二メートルの竹竿様の棒がわたされた直後その先頭列外に位置し、両手を上下に振つて調子をとるなどし、被告人谷において、右隊列の先頭又はその付近列外に位置し、掛声をかけつつ隊列を誘導したほか、第二回目の前記機動隊とのもみ合いの際には、先頭隊列に手をかけて正対し、後退しながら隊列を誘導し、被告人石田において、隊列の先頭列外ほぼ中央に位置して隊列に正対し、掛声をかけつつ、後退しながら隊列を誘導し、さらに、前記機動警官隊の阻止にあつて、いつたん隊列が後退した際、隊列先頭中央付近で隊列に正対し、「警官隊の阻止をあくまで突破して韓国代表部へ行こう」という趣旨の激励演説を行い、また、前記学生の坐り込みに際しては、隊列先頭において、両手を上下に振つて坐り込みを指示し、続いて、坐り込んだ学生の先頭から四、五列目位の位置に立つて、「韓国の学生大弾圧を抗議するため、我々も立ち上ろう」「警官の弾圧に屈せず、最後の一人まで断固坐り込みを続けて、日韓会談粉粋、朴政権打倒のためにたたかう」などと激励演説を行つて坐り込みを続けさせようとしたが、同六時七分ごろ、昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例違反および道路交通法違反の現行犯人として、司法警察員雨宮正雄ほか二名により逮捕され、(二)ついで、被告人山口、同谷の両名は、前記都電二の橋停留所から国電田町駅構内に至る路上において、前記高橋茂夫および同じく右集団示威運動に参加した学生である山本浩司らと共謀のうえ、被告人山口において隊列先頭列外に位置し、掛声をかけ、時折り隊列に正対するなどして駈足行進を誘導し、被告人谷において、前記二の橋停留所を発進する隊列の先頭列外に位置し、掛声をかけつつ駈足行進を先導し、その後、前記三井銀行三田支店付近に至るまでの間、右隊列先頭付近に位置し、シユプレヒコールを指導しつつ、隊列の誘導を補助し、(三)さらに、前記学生らが地下鉄霞ヶ関駅に下車して構内で隊列を整えるや、前記山本浩司および同じく右運動に参加した学生である北村正志らと共謀のうえ、被告人山口において、前記地下鉄霞ヶ関駅最高裁判所寄り出口から路上に出た隊列の先頭列外に位置して、右隊列を誘導し、続いて、人事院前交叉点付近において、同じく先頭列外に位置して、外務省方向を指示し、同方向に隊列を誘導しようとするなどし、また、隊列が前記機動警官隊により前進を阻止されるや、隊列先頭付近に位置した被告人谷において、前記農林省角歩道上に立つて、「坐れ、坐れ」と連呼しながら両手を上下に振つて坐り込みを指揮し、さらに、坐り込んだ学生のほぼ中央に立ち、両手を口にあてながら、「外務省に抗議するわれわれ日本学生を、日本の警察は韓国の警察と同様に弾圧している。我々はあくまでたたかう」などと激励演説をして、右坐り込みを同日午後七時四〇分ごろまで継続させ、いずれも、右無許可の集団示威運動(ただし、被告人石田については、前記武内歯科医院前路上において、自己が逮捕される時点までの集団示威運動についてのみ)を指導したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

第一、都公安条例が憲法第二一条に違反するとの主張について

一、弁護人は、昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下本条例と略称する)は、昭和三五年七月二〇日最高裁判所大法廷判決のとる基本的立場を前提としても、その現実の運用の実体を考慮にいれると、なお、憲法第二一条に違反して無効である。すなわち、右大法廷判決は、本条例が憲法第二一条に違反しない理由の一つとして、「……本条例は規定の文面では許可制を採用しているが、この許可制は、その実質において届出制とことなるところがない。」という点を挙げているが、現実には、

(1)集会集団行進等(以下集団行動と略称する)の許可申請は、通常、警視庁警備課第三係備付の用紙を用いないと受理されず、(2)右申請書の交付を受けるためには、係官との間において煩瑣な事前折衝を余儀なくされ、(3)その際、公安委員会から、実質的な許否の権限を委任されている右第三係係官により、不許可をほのめかされて、申請内容(行進路線、日時参加人員等)の変更を強要されたりするのが通常であつて、本条例のかかる現実の運用に徴して考えると、前記許可制は、規定の文面上のみならず、実質的にも警視庁当局の許可制となつているのであり、しかも、許可には、通常、おびただしい数の不当な条件が付せられるばかりでなく、集団行動の現実の取締りにあたる警察官の、右条件に対する解釈は、主観的に流れ易く、また、その際とられる規制措置は、法律上とうてい容認できない違法な方法が多いなど、右許可制は、現実に濫用されているのであつて、結局、本条例は、前記大法廷判決の採用する基本的立場によつても憲法の保障する表現の自由を不当に制限するものである旨主張する。

二、しかしながら、ある法令の具体的な運用の当否と、該法令自体の憲法上の効力とは、理論上やはり区別して考える必要がある。そもそも、表現の自由を制限するある法令が憲法に違反するか否かは、右法令全体の趣旨を有機的に総合して考察し、それが、表現の自由を不当に制限するか否かにより決せられるのである(前記大法廷判決参照)。その場合通常用いられる判断の基準は、たとえば、表現の自由を制限する基準が十分明確であるか、とか、現実に右法令が濫用された場合に、これに対処する方法が該法令自体の中に担保されているかなどの点であり、これらは、法令の規定の文言自体に徴し、その全体的な趣旨を勘案して、合理的に考察されなければならない。本条例の運用にあたる公安委員会又はその下部機構たる警視庁当局が、その権限を濫用する虞れがあり得るからといつて、ただちに本条例を憲法第二一条に違反するものとはいえないことは、前記大法廷判決の判旨を援用するまでもなく、首肯さるべきものと解されるが、この理は、現実に右濫用もしくは誤用と疑われるような事例が生じた場合においても、やはり、その根本において異るものではないといわなければならない。

よつて、右と異る前提に立つて、本条例の違憲性を主張する弁護人の前記所論は、これを採用することができない。(ちなみに、本条例につき、条例自体を違憲とみなければならないほど、その制限の基準があいまいであるといえないことは、すでに前記大法廷判決の判示するところであつて、この点については、法的安定性を尊重する建前から、当裁判所も右見解に従うこととする)。

三、もつとも、右大法廷判決が、本条例の許可制は「その実質において届出制とことなるところがない」旨判示した裏には、右判決が明示する「不許可の場合が厳格に制限されている」という理由のほかに、なお、

(1) 本条例の要求する申請手続自体は、純然たる届出制の場合に比し、とくに煩瑣なものとは認め難いこと

(2) 公安委員会は、不許可の処分をした場合は、詳細な理由をつけて、すみやかに都議会へ報告しなければならない(本条例第三条第四項)から、公安委員会の不当な不許可処分に対しては、その控制の手段が右条例自体の中にともかくも担保されていること

などの点において、さらに実質的な考慮が払われているものと解される(右大法廷判決が前記判示に続けて許可であれ届出であれ、要はそれによつて表現の自由が不当に制限されなければ差支えない」旨判示しているのは、かかる趣旨において理解されるべきものであろう)。その意味から云えば、集団行動の主催者は、本条例第二条所定の事項を記載した書面を、所定の時間前に所轄警察署に提出しさえすれば、本条例上要求されている最少限度の義務を果たしたことになり、それ以上の手続上の義務ないし負担を集団行動の主催者に課することは、本条例および右大法廷判決の趣旨とするところではないと解する。そして、公安委員会は、通常の場合は右提出された書面に基き、また、必要やむを得ない場合は、右申請書を受理した後さらに申請者から任意に事情を聴取したうえで、すみやかにその許否を決すべきであつて、申請書の受理機関にすぎない所轄警察署長又は警視庁の係官は、それらの書面が法定の記載要件を備えているかどうかを検討して、不備なものは、補正させる等単なる形式的な審査を行いうるにとどまり、それ以上のことを立ち入つてなすべきでないことは当然である。その結果、右申請にかかる集団行動の実施が公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められるとの理由で、正式に不許可になつたとしても、これによる不利益は、申請者側が法律上当然に受忍すべき性質のものであつて、右処分の当不当は、都議会への報告という径路を通じて、事後的に広く国民一般の批判にゆだねられるべきものである。そうではなくて、単なる申請書の受理機関にすぎない所轄警察署長ないし警視庁の係官が書類の形式的な審査以上に立ち入り、記載要件の内容にまでわたつて事前の交渉を求め、これに応じない限りは備付の申請用紙を交付せず、したがつて申請書を受理しないということになると、そこに、「不受理」という名の不許可処分が行われ、ひいては本条例の定める都議会への報告という、不当な不許可処分に対する唯一の控制手段をも国民から奪うという重大な結果を招来することになつてしまう。前記大法廷判決が、「本条例といえども、その運用の如何によつては憲法二一条の保障する表現の自由の保障を侵す危険を絶対に包蔵しないとはいえない。条例の運用にあたる公安委員会が権限を濫用し、公共の安寧の保持を口実にして、平穏で秩序ある集団行動まで抑圧することのないよう極力戒心すべき」旨をとくに指摘しているのは、単に公安委員会に対する関係においてのみならず、申請書等の受理手続の任にあたる所轄警察署長ないし警視庁係官に対する関連においても深甚な意義を有するものといわなければならない。(この点に関する証人高橋重年の当公判廷における供述は、未だ十分に首肯しがたいふしぶしもないではないが、右制度の運用に対し、申請者としての立場からなされた体験談として、慎重に考慮されてしかるべきものと思われる。)。しかしながら、いうまでもなく、右は、公安委員会ないし警視庁の具体的取扱いの当不当またはその憲法上の効力に関する論議であり、万一、かかる機関により権限の濫用ないし誤用と認められるような不当違法な処分がなされた事例があるからといつて、これにより本条例自体を憲法第二一条に違反するものと論断することができないことは、先に判示したとおりであり、弁護人の主張に沿う証人高橋重年の当公判廷における供述をもつてしても右結論を左右するに足りない。(なお本件においては、そもそも当初から許可の申請そのものがなされていないのであるから、叙上論議の対象となるような不当違法の処分がなされたかどうかを審理する余地もないことを付言しておかなければならない。また、許可条件に不当なものが多いとか、現実の規制措置が違法不当であるなどのその余の弁護人の主張も、右処分自体の当不当ひいてはその合憲違憲の問題を生じ得るは格別、右主張に添う処分の存否が、ただちに本条例自体の憲法上の効力に影響を及ぼすものでないことは、右の説明によつて、おのずから明らかであるから、ことさらこの点について判断する必要もないと考える。)

第二、本条例第二条の規定が、憲法に違反するとの主張について

弁護人は、つぎに、本条例第二条は、集団行動の主催者に対し、七二時間前の届出義務を定めているが、右の時間的制限は、戦前の治安警察法における一二時間ないし三時間の制限に比しても不当に長いばかりでなく、とくに緊急の必要ある場合には、右期間中、表現の自由が不当に奪われることになるので、結局、右規定は憲法第二一条に違反する旨主張する。

なるほど、旧憲法下の治安警察法は、第二条において、政事に関する集会を開こうとするときは、発起人は開会三時間以前に所定の事項を管轄警察官署に届出ることを規定し、また、第四条において、屋外における集会又は集団運動を行おうとするときは、その一二時間以前に所定の事項を管轄警察官署に届出ることを要求している。しかしながら、事前の届出時間の長短の当不当を論ずるについては、本条例と右治安警察法の当該規定とを、抽象して単に形式的に比較対照するのみでは足りず、なお進んで、彼我の人口稠密化の相違、交通量の大小それとの相関関係における道路交通情況の変化、さらに、集団行動の規模、頻度およびその態様の変遷など諸般の事情に鑑み、現時における集団行動に際し、当該集団行動の秩序保持、交通秩序の保持、さらには官公庁の事務妨害の防止等のため必要とする警備体勢を整えるには最少限どの程度の準備期間を必要とするか等の諸点を実質的に考慮しなければならないことは、むしろ当然であつて、この観点からすれば、前記治安警察法施行当時と比較して、警察における通信連絡機関の発達と機動力の拡充強化とが著しい進歩をとげているという点を十分考慮するとしても、なお、本条例の定める七二時間という時間的制約を不合理な制限であると断定することはできない。(ちなみに、本件無届集団行動に際し、たまたま、警視庁の警備態勢上特段の不都合を来たさなかつたとしても、その一事をもつて、一般的に右準備期間が不要であるとする論拠となすことのできないことは、いうまでもない。)。

このようなわけで、本条例所定の右時間的制約を必ずしも不合理なものと断じ得ない以上、これによるある程度の表現の自由の制限は、公共の福祉の見地から、けだしやむを得ないものとして、国民一般においてもこれを受忍すべき義務あるものと解すべく、これをもつて違憲と断ずることはできない。

第三、本件の如く緊急の必要ある場合には、本条例第二条の適用が排除されるとの主張および超法規的違法阻却の主張について

一、弁護人は、さらに

(一) かりに、右第二条の規定が憲法第二一条に違反しないとしても、本件の如き緊急の必要ある場合には、その適用が排除される。すなわち、本件集団示威運動は、昭和三九年六月三日夜半突如として報道された韓国学生らの反政府運動に対して加えられた大弾圧に抗議し、かつ、当時すでに重大な段階に至つていた日韓会談をも粉粋するという緊急かつ重大な目的のもとに、やむを得ずしてなされたものであるから、かかる場合には、本条例第二条の規定は当然にその適用を排除される。

(二) なお、かりに、右規定の適用が排除されないとしても、本件集団示威運動は

(1)、その目的が、韓国学生の政治活動に対する不当な弾圧に抗議し、かつ、日韓会談妥結による日本帝国主義の海外進出に抗議するという、客観的にみて正当なものであつたこと(2)、右弾圧直後の時局の重大性に鑑み、緊急かつやむを得ない行動であつたこと(3)、その手段方法が相当であつたこと、とくに、集団行進の途中なされた蛇行進は、集団行動参加者の抗議の意思を端的に表明し、かつ、その集団行動を外部の警官隊の圧力から防衛するという意味において、また、坐り込みは、警官隊の違法な実力行使に対する自衛の意味において、いずれも是認さるべき方法であること(4)、しかも、その結果として惹起された交通阻害その他の実害は、いずれも不当な警官隊の規制措置に起因するものであり、本件集団示威運動そのものによる実害は、ほとんど取るに足りないので、これを本件集団行動により防護しようとした表現の自由という重大な法益と対比すれば、必ずしも法益の権衡を失しているとは考えられないこと

などの諸点を総合して考察すれば、結局、超法規的に違法性を阻却すべき場合に該当する

旨主張する。

二、しかしながら、すでに述べたとおり、一般の場合の集団行動について、本条例が最少限度の事前規制をとつたことを是認する以上、緊急かつやむを得ない場合の集団行動については、なんらの事前規制をも必要とせず、全く本条例の適用外に放置してさしつかえないとする合理的な理由は存在しない。なぜならば、両者を比較すると、その集団行動としての規模ないし方法およびそれによつて他の法益を侵害する可能性があること等、集団行動としての本質的な面において彼我の間に差異があるとはいえないからである。したがつて、緊急かつやむを得ない場合の集団行動については、本条例第二条の適用は排除されるべきであるという弁護人の主張部分は、本件集団行動がこれに該当すると否とにかかわらず、すでにこの点において採用することができない。

そこで、次に本件集団行動は超法規的に違法性を阻却するという弁護人の主張に論及することとする。いわゆる超法規的違法阻却事由の要件としては、一般に、行為の動機目的が健全な社会通念に照らして客観的に正当であること、手段方法が相当であり、法益権衡の要件を具備していること、その際の情況に照らしてその行為に出ることが緊急にして、かつ、やむを得ないものであり、他にこれに代る方法を見出すことが不可能であるか、又は著しく困難であること、等の諸事情が考慮されるべきものであるとされており、弁護人も、また、これに沿う主張をしている。当裁判所も、理論としては、これに別段の異存はない。そこで、まず、本件被告人らおよび弁護人が最も強調している、本件無許可の集団行動が、当時の情況に照らし、真に緊急にして、かつ、やむを得ないものといえるかの点を検討し、これを肯定することができた場合に、さらに、他の要件の存否について考察を進めることが適当であると考える。

およそ、本条例の合憲性を前提として超法規的な違法性阻却を論ずる場合の要件の一つとしての「緊急やむを得ない場合」とは、少くとも、本条例第二条の定める時間的制限に従い所定の手続をふんでその許可をまつていたのでは、集団行動の意義および効果が失われるという程度にその緊急性が強い場合でなければならず、単に、早急に行動を起こした方が、より多くの政治的又は社会的の効果を期待することができるという程度では、未だ右要件を具備しているものとはいい難い。

なんとなれば、およそ、すでになされた措置に抗議するための集団行動は、それが速やかになされればなされるほど、より多くの政治的、社会的効果が期待できるのは、けだし当然のことであるから、かかる場合をも、ひろく右緊急やむを得ないという要件のうちに含めるとすれば、ほとんどすべての場合がこれにあたることになり、かくては、本条例の定める事前規制がほとんど無意味なものとなるおそれがあるからである。もとより、集団行動は、憲法第二一条によつて保障されている表現の自由の一態様であつて、とくに、国家機関の政治的行為に対する国民の批判活動の重要な形態として、国政上最大の尊重を必要とすべきことはいうまでもないけれども、右活動を規制する本条例の規定が、公共の福祉の見地から最少限度の制限をおくものとして、必ずしも違憲と断じ得ないとすれば、右条例の規定を尊重し、これを遵守することは、法治国における国民の義務として、当然のことであり、これを前提として、超法規的な違法性阻却を論ずる場合には、少くとも、この程度の要件を要求しても、それが苛酷であるとは考えられない。

ところで、今これを本件についてみるに、本件集団示威運動の目的が、「韓国学生に対する大弾圧反対」および「日韓会談反対」であつたことは、判示認定のとおりであるが、日韓会談が、当時、七二時間の猶予期間を置き得ないほど切迫した段階に立ち至つていたとは認め難いから、問題の中心は、「韓国学生に対する大弾圧」に反対するための団体行動をいち早く無許可で開始しなければならないほどの緊急やむを得ない必要があつたと認められるかどうかの点にある。

思うに、なるほど、当時の韓国政府が、同国学生らによる反政府運動鎮圧のためにとつた非常戒厳令発布の措置は、たしかに異例な非常措置であつて、しかも、証拠によつて明らかなとおり右戒厳令の内容が相当苛烈なものとして当時の新聞紙上等に大々的に報道されていた関係上、これを知つた被告人ら学生は、激しい心理的衝撃を受け、一刻も早く、在日韓国代表部等に対し、抗議の意思を表明して右措置の撤回を迫ろうという緊迫した心情に駆られたことは、これを理解するに難くないが、それだからといつて、ただちに、本件が緊急やむを得ない場合に該当すると速断することはできない。たしかに、この場合、かかる行動が早急になされればなされるほど広範な社会的反響を呼び、より多くの政治的効果を期待しうるものではあろうが、さればといつて、反面、本条例所定の七二時間の経過によつて、この種の集団行動の意義および効果が失われるものとはとうてい考えられない。なぜならば、右韓国政府の公布した非常戒厳令がその後においても依然としてその効力を存続するものと予想される限り、これに対する抗議の意思を表明し、その撤回を求めるための集団行動をなすことは、それ自体として決して無意義なものではなく、また、それは、それとして効果を期待しうるものといえるからである。もち論、この場合には、事態発生に接近した直後に行われる場合に比して、その政治的効果ないし社会的反響の新鮮度又は強烈度の点において若干のそん色あるを免れないであろうが、それだからといつて、本件時点において無許可の集団行動の挙に出ることが緊急やむを得ないものであるといえないことは、先に説示した基準に照らし、明らかである。かつて、公務執行妨害の罪を犯した疑いで警察官に逮捕された者の釈放要求等のため、無許可の集団示威運動の指導をした事案について、当地方裁判所が、刑事訴訟法第二〇三条第一項の規定により、被疑者を「検察官に送致した後の身柄の処置については、警察官の手を離れ、専ら検察官の裁量(勾留の請求がなされれば裁判官の判断)に属することとなり、結局身柄の処置に対する警察官の権限は被疑者が身柄を拘束されてから四八時間以内の限度に止まるのである。このような場合、警察官又は警察当局に対し、逮捕に対する抗議と釈放要求の意思表示をしようとすれば、警察官において身柄の処置について権限を有する四八時間以内に行わなければその目的を達成することが甚だ困難となり、意思表示の意義及び効果が失われることは否定できない」として、これを緊急の場合に該当すると判示した例があるが(東地、昭和三八・二・二)、右内容によつても明らかなとおり、それとこれとは事案の性質を異にし、一をもつて他を律することのできないことを注意しなければならない。

以上の次第であつて、本件が緊急やむを得ない場合に該当するとは認め難いから、すでに、この点において、超法規的違法性阻却事由の要件の一つを欠くことになり、したがつて、さらに他の要件の存否につき判断するまでもなく、弁護人の右主張もまたこれを採用することができない。

(法令の適用)

被告人らの判示所為は、いずれも包括して、刑法第六〇条、昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例第五条、第一条に該当するので、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、所定罰金額の範囲内で、被告人らをいずれも各罰金二〇、〇〇〇円に処し、被告人らにおいて右罰金を完納することができないときは、刑法第一八条第一項、第四項を適用して、いずれも金五〇〇円を一日に換算した期間、当該被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条により全部被告人らに連帯して負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 樋口勝 山崎茂 木谷明)

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